メイン 門真市 金太郎(坂田の金時) | 投稿するにはまずユーザ登録を |
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rsbru | 投稿日時: 2005-10-29 14:28 |
常連 登録日: 2004-10-29 居住地: 投稿: 96 |
金太郎(坂田の金時) 昔々 足柄山(あしがらやま)の山奥、
地蔵堂という部落ありました。 その部落に、四萬長者(しまんちょうじゃ)お金持ちの、 足柄兵太夫と言う人が住んでいました。 この兵太夫さんには八重桐(やえぎり)という一人娘がいたのです、 八重桐は年頃になって坂田氏に嫁ぎましたが。 坂田一族の争いから逃れるために、 実家に戻り暫くして金太郎を産んだのです。 金太郎は足柄山を遊び場して、 山の動物を友だちとして逞しく育っていったのです。 金太郎は母親と二人で地蔵堂で暮らしていたのですが、 20歳になったある日、足柄山を通りった、 鎮守府将軍の源頼光(みなもとのよりみつ)に認められて、 家来して使えることになり、 名前も坂田金時(さかたのきんとき)と改名したのです。 源頼光の第67代 三条天皇に仕えていましたが頼光の先祖は、 第56代 清和天皇の6番目の皇子、 貞純親王(さだずみしんのう)が賜姓(しせい)源氏(げんじ)の 始めと教わりました。 京の都に上った坂田金時は、 活躍がめざましく、 源頼光の四天王の一人として盗賊退治や、 大江山の酒呑童子(しゅてんどうじ)退治して。 坂田金時の名は有名になりましたが、 源頼光が病死した後、 3ヶ月間、日夜、お墓参りを続けてその後は、 都を去って故郷の足柄山に戻ったされていますが、 坂田金時の姿は解らなかったと教えられました。 金太郎の歌です 1・ まさかりかついで きんたろう くまにまたがり おうまのけいこ はいしどうどう はいどうどう はいしどうどう はいどうどう 2・ あしがらやまの やまおくで けだものあつめて すもうのけいこ はっけよいよい のこった はっけよいよい のこった この童謡は1900年明治33年に発表されました 作詞 石原 和三郎 作曲 田村 虎蔵 |
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